10/29 前世は吹奏楽部でした(?)
今日もせっせと断捨離
迷うくらいのものなら、処分してしまおうって勢いでやってます
どうせ、マレーシアにはそこまで持っていかないしね
吹奏楽部の時のものとか(中学時代)たくさん出て来てすっごく懐かしかった
当時、本当に頑張ってて、1ヶ月に一回も休みがないくらいで。
土日も朝から夜まで。1日だけでも12時間くらい部活やってたんじゃないかなあ
私にとって、その時はまだ部活が全てだった。だから、ひたすらに練習して上手くなりたかったし、認められたかった。
今の私じゃ、あんなに頑張れない。
良い経験たくさんしたけど、戻りたいとは思えないなあ
だって、きつかったんだもん笑
自分の過去のはずなのに、前世でもみてるような気分で、過去のこと思い出してる。
吹奏楽はコンクールがあって、それが1大イベント。
みんな夏のコンクールに向けて頑張るの。
コンクールでは、審査員が何人かいて、その人たちが付ける点数によって次の大会に出れるのかとか決まる。
だからみんな、その時に向けて、形の見えない音をひたすらに磨き続ける。
ハーモニーを合わせて、1日に何回も同じ曲の同じ場所を練習し続けるの。
評価されるために。
評価される演奏にするの。優等生になるために。
どこの団体も同じような演奏をする。だって、評価されるためなんだもん。
コンクールがあるからこそ、熱くなれてたのは本当。
でも、なんか疑問がある。
音楽とか芸術とかって、評価がどうしても付き纏う。
でも、そもそも形も見えなくて、定義もなくて、誰かがこうあるべきだ!って断定できないようなものを
評価するなんてこと、おかしいんじゃないかなあ
聴いてて楽しければ、それは音楽としてもう十分だし、
言葉にできなくても、なんか伝わってくるって思えるなら、それはもう芸術。
評価にそれぞれ個人の好みとかに左右されたりするしね
音楽と芸術だけのことじゃないけど、人とかいろいろ全てに対して、ああだこうだ言える人のこと
なんか、不思議に思っちゃうんだよね
断定されたりすると、なんかすごいなあって思う。
私は常にニュートラルでいたい
評価なんてどうでも良いし、自分の考えは守り抜きたい。
と思ってる。
けど、なかなか評価を気にしちゃうんだよね〜